「やっぱり、ネットじゃ大した情報ないみたいだなぁ」
 「ま、仕方ないさ」
 キーボードを叩く手を止めて、ワタルはおにぎりを口に運ぶ。
 「[病の沼]と[恐怖の湖]で不吉な事故があった。って話は心霊スポットみたいに噂が流れてて、ある程度有名みたい。ただし、現地に行ったって話はひとっつもナシ」
 「東京にも、不吉なことが起こるんで手を加えられない場所ってのが残ってるよな。それと似たようなもんか」
 この時代になっても、未だ東京に残る霊地を大地は思い浮かべた。10世紀頃に亡くなった武将が怨霊として猛威を振るい、伝説では1千年後の20世紀になっても霊威を現したと言う。
 「大地くん、次の資料です」
 「ん」
 大地は、魔法語で書かれた文章を翻訳してデータ入力する作業に従事している。重くて分厚い本を何冊も持って行くわけにはいかないからだ。
 「しかし、魔法使いの家にしては意外とパソコン類多くない?」
 「手紙の方が好きなんだけど、何かあった時とかメールの方が速いし料金かからないんで揃えて貰った」
 「やっぱりそう言う事か…」
 「リサイクル品に手を入れてあるのがほとんどだけどな」
 「お前が個人で使ってる機械類で手を入れてないモンがあるなら、教えてもらいたいね」
 古い地図や図形をスキャナで取り込んでいたラビが、嫌味ったらしくツッコミを入れた。
 「学校の個人用PCにさえ、オリジナルのプログラム放り込んでる大地だし…そんな物ないんじゃない?」
 「授業中って暇だろ〜?」
 「確かに、勉強ほど面倒なものはないな」
 「ああ、歴史とか特にな」
 「本も分厚いし、量は多いし、うぜぇよな」
 勉強嫌いの虎王、海火子、ラビが意気投合しているのをワタルは呆れた顔で見やってため息を一つ。
 「ま、放っといても別に害はないからいいか…大地、こっちのデータはまとめ終わったから、そっちに転送するよ」
 「オッケ、こっちも大体終わったから送る。ラビとガスの方にも送っとくぜ」
 「ワタルさんに、私のメールアドレスを送っておきます」
 「ありがとー。ラビにも僕のメアド送っとくね」
 「…オレは返信しねぇぞ」
 「受信拒否しないなら、それでいいよ」
 にこ、とワタルがラビに向かって笑う。ラビにしてみれば、ワタルは大地とガスを足して2で割ったような印象を受ける相手だ。人懐っこいのに食えない奴、に思えるのが更に面倒くさい。
 「地図と毛布が必要最低限のもんだけど、食い物と火をつける道具があれば言うことなしだな」
 「その辺の川で魚獲ってきて、燻製にでもしとくか?」
 とりあえず夕飯を作り終わった虎王と海火子は、今は荷造りをしている。
 「…お前ら、旅慣れしてるな」
 「まぁね。重いと思って、食べ物の類はあんまり持ってきてなかったから」
 「現地調達が基本なのは分かるけどさ…徹底してるのに驚くよ」
 「移動距離長いと、軽装のほうがいいし」
 平然とそんなことを言いながら、ワタルはまとめたデータを保存して内容を確認する。
 「お前らの旅って、基本歩き?」
 「基本、って言うかほとんど歩きで野宿〜」
 「…オレ達はムーンラビット号やマジカルゴに乗ってたし、ばーちゃんが持ってた壺の中で寝起きしてたから、そう考えると楽だったのかな」
 「野宿も楽しいものですよ?」
 「お前にとっちゃ、楽しくないことを探すほうが難しいだろうが」
 いつものことながら、ラビのツッコミは実に遠慮がない。
 「ラビって、ホント大地に聞いてた通りだねぇ」
 「あ?」
 「口がメチャクチャ悪いけど、仲間のことはよく分かってる奴だって」
 「…大地、それはオレにケンカ売ってんのか?」
 「ちゃんと後半で褒めてるじゃん」
 「そーゆー問題じゃねぇ!他人に人のこと教える言い方じゃねぇだろ!?」
 「いや、ほら、ガスのことも強いし頼りになるけどメシ食わないと弱くなる。って教えたし」
 「お前、友達のことをそんな風に言いふらしてんのか!?」
 握り拳とともに長い耳を震わせるラビの様子に、慌ててワタルが割って入る。
 「大地が月に住んでる友達の話した相手ってほとんど居ないんだよ。僕が根掘り葉掘り聞いただけだから」
 「そうなのか?」
 「う…まぁ、ワタル入れても一人か二人ってトコだけど…」
 大地の家族とは親交があると言ってもいいが、確かに大地から友人の話を聞いたことはないような気がした。
 「友達はたくさん居ても、特に仲がいい友達って言える相手は結構少ないもんだよ」
 「俺様とワタルは友達だぞ!」
 ワタルの言葉に、ことのほか嬉しそうな顔で虎王が笑う。
 「まぁ、コイツの[友達]は口癖みたいなもんだから気にすんな」
 「海火子もちゃんと友達だよ〜?」
 「分かった分かった」
 慣れた様子で苦笑する海火子と、笑うワタルと虎王にラビは「変な連中」と口の中で呟いた。