一言に『月』と言っても、月面は広い。ある程度、位置を絞り込むことが出来たのはオババのお陰だった。
空間転移で出た先は森の中。50年前に環境が変わって生まれた新しい世界だと言うのに、それほど若い世界には思えない不思議な場所だ。
「あ、凄い。地球が見える!」
「おーっ!?ヒミコにも見せてやりたいぞ!」
「なんつーか、面白れぇな」
空に、ポッカリと浮かぶ青い惑星。さっきまで見ていた月の姿とは、どこか対照的に思えた。
「っと、見惚れてちゃいけないんだった。探さないと」
瞳を閉じて、耳を澄ますように精神を集中させれば、右手首の内側に付けた勾玉が柔らかい光を放つ。
ワタル達3人が持つ勾玉には、精霊の声を聞き取る力がある。
ワタルの赤い勾玉は火
虎王の青い勾玉は水
海火子の緑の勾玉は風
精霊の声を頼りに、目的の人物を探し出す予定だったのだが…その声はか細く、今にも消えてしまいそうだ。
「…あっちから聞こえてくる、みたいに感じるけど」
「現生界では特に精霊の力が弱まってるってオババが言ってたから、そのせいかもなぁ」
「ま、とりあえず行ってみようぜ」
その言葉に頷いて、森のさらに奥に向かって歩き出した。
「オレ達の力を必要としてる人がいる。って言われたけどさ」
んー、と伸びをしながら大地は首をかしげる。
「ばーちゃんの占いだし、外れることはないと思うんだけど…どんな人が相手なのか気になるな!」
「けっ、お気楽だな!」
辞書を引きながら読んでいた古い本を、机の上に放り出してラビが毒づく。相変わらず、勉強は嫌いらしい。
「だってさ、なんか面白い事が起こりそうな気がしないか?」
「オレは暇つぶしにさえなればそれでいーぜ」
平和が何よりであることを分かっていて、2人は軽口を叩き合う。そこへ、屋外で鍛錬をしていたはずのガスが顔を出した。
「誰か、森に入ってきた人が居るみたいですよ」
「お?向こうから来た?」
「敵意とかは感じないんだな?」
ラビの言葉に、ガスは頷いて返す。この森は元々、V−メイとグリグリが身を隠していた場所なので人里からは多少離れている上に、他人を近付かせないような結界も張られているはずなのだ。
もっとも、結界の作用はそれほど強くはないし、風から周囲の状況を察知できる分だけガスの感覚の方がはるかに鋭い。
「どんなヤツが来たのか、確かめに行こうぜ!」
「お前、気に入らない相手だったら追い返すつもりじゃないだろうな」
大地のツッコミを無視して、ラビは長い耳をターバンで髪の中に押し込むと外に飛び出していってしまう。
「あ!抜け駆けはずるいです!」
「ったく…相変わらず勝手なんだから!」
2人は急いでラビの後に続いて走りだす。向かう先に新しい出会いがあることを疑うことはなかったけれど、新たな事件の予感がするのもまた事実だった。
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